1995年8月15日、当時の村山富市首相が戦後50年の節目に発表した「村山談話」の作成経緯を検証するプロジェクトチームが、ことし4月20日午後、本格始動した。談話発表を推進した当事者だけでなく、発表に反対した関係者からも事情聴取を行うなどの手順で事実関係を確認している。談話は主に、当時の日本が植民地支配と侵略によって諸国民に多大の損害と苦痛を与えたことを認めるもので、それにともなう謝罪を行い、国際協調、平和友好、反核運動することなどを表明している。一般的に、日本国政府の公式的な歴史見解として用いられている。
村山

プロジェクトチームの一人、次世代の党・和田政宗議員によれば、当時の閣議決定時の雰囲気は異様だったという。和田議員が聞き取り調査を行った、事務方の内閣官房副長官であった古川貞二郎氏からの証言だ。また和田議員は、チームの一員である拓殖大学・藤岡信勝客員教授と検証をすすめるうち、村山談話には「疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を表し・・・」とのフレーズがあり、「疑うべくもない」という言い回しは中国共産党機関誌である「人民日報」によく出てくるものであることも突き止めた。これらは、インターネット検索で「人民日報 疑うべくもない」などと入れるとたしかにそのような言い回しが「人民日報」内で多用されていることが確認出来る。

和田議員は、今後さらに検証をすすめ、質問主意書を提出し、「疑うべくもない」という言い回しがどのような経緯で挿入されたのかについて、政府に問うていくという。


(参照)

「村山談話」閣議決定時は“異様な雰囲気”人民日報が多用する語句も 検証プロジェクト(zakzak)
http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20150624/plt1506241550001-n1.htm


赤松伊織