百人一首とは、100人の歌人の和歌を、一人一首ずつ選んでつくった秀歌撰(詞華集)のことだ。現代に置き換えると、流行語をまとめたようなもの。中でも、藤原定家が京都・小倉山の山荘で選んだとされる小倉百人一首が一番有名だろう。もはや小倉百人一首が百人一首の代名詞的存在となっている。
百人一首

百人一首が民衆のものとして定着するようになったのは「かるた」の存在が大きい。もともとかるたは「貝合わせ」(上下2枚の貝がらを複数用い、片方を並べ、もう1枚を元に探す遊び)といわれる。これが身分の高い人たちによって改良されていき、文字が書かれるようになったのがかるたの始まりだ。そこから花札なども誕生していくことになる。ざっと900年ほどの歴史があるのがかるたなのだ。小倉百人一首は、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて活動した公家・藤原定家が選んだ秀歌撰。これもかるたが元となって民衆の間にも浸透していくこととなる。江戸時代中期から後期、明治時代にかけてかるたは賭博の1つとしても浸透、政府が禁止するなどの措置を執ることもあったが、明治時代後期頃にその価値が見直され、現代まで脈々と続く伝統となっている。

現在では伝統的に百人一首大会が有志によって開催されるほか、教材にも用いられている。教材としては、古典を学ぶための入門のような位置づけだ。百人一首は5・7・5・7・7と小気味良いリズムのため暗唱に向いていることから、学校によっては強制的に暗記させられた方も多いことだろう。現在かるたといえば「犬棒かるた」が一般的となっているが、たまには日本の歴史に触れながら学生時代に立ち返り、「百人一首かるた」で遊んでみるのも一興ではないだろうか。


赤松伊織